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ヴォーリズの住宅。旧駒井邸その2

執筆が進みそうな書斎です

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駒井教授の書斎↑は2階の角部屋です。南と西の大きな窓からの日差しが入る光の具合が絶妙で、執筆が進みそうな雰囲気を持った部屋です。とくに西面の、机の正面の窓の高さが机と同じで、手元が明るく、また開放感があるのです。
机の後ろ側の壁には聖書や聖母のイコンが飾られた祭壇のようなスペースがあります。↓

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その右手には2階のサンルームへの扉があります。このサンルームは、元々はベランダだったものをリフォームしたものだとか。執筆に飽いたらちょっと一休みするには絶好のスペースです。正面にはヴォーリズ住宅によく植えたという大王杉が聳え立っています。↓

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来客が多かった駒井邸では、パブリックスペースとプライベートスペースをドアノブの色で区別しています。パブリックは紫、プライベートは透明。てっきりガラスだと思っていましたが、ある本によると水晶だそうです。本当なんでしょうか。かなり大きいのですが…↓

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ヴォーリズの住宅は作り付けの収納が実に豊富です。そしてその配置が細やか。下は玄関脇の引き出しで、靴磨きの道具が入っています。靴箱は、玄関の腰板をずらすと現われるのですが、言われないと気付きません。2階の廊下の天井が屋根裏部屋への階段になっていて、寝室の壁のハンドルを回すと下りてきます。その寝室のタンスも作り付けですし、ウォークインクロゼットも設けてあるのです。ですから、収納家具で部屋が狭くなるということがありません。

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キッチンもヴォーリズがとくにこだわったポイントです。家の設計は台所から始めるべきだという持論を、著書「吾家の設計」「吾家の設備」で繰り返し強調しているのです。明治、大正期にはもちろん、今でも革新的な発想ではないでしょうか。残念ながら、駒井邸の台所は大分リフォームされていて、流しなどは現代の工業製品に交換されていましたが、勝手口の外からのこのアングルだけは、当時のキッチンの様子を留めているようです。↓

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ヴォーリズの住宅。旧駒井邸その1

京都の北白川にあります。

雑誌「Tinngal」の取材で、京都の旧駒井邸を取材してきました。軽井沢の朝吹山荘と同様に、W.M.ヴォーリズの設計です。駒井さんは京大教授で遺伝学の権威。三毛猫はほとんど雌ということを証明した(んだとおもいます)逸話で有名です。奥様がヴォーリズの妻満喜子夫人と大学で同窓だった縁で、ヴォーリズに設計施工を依頼したのだそうです。

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駒井邸はなんといっても「窓」の表情が豊かで、室内に入ると、光の入り具合が絶妙でした。リビングに作り付けのソファースペースは東向きの出窓になっていて、午後には直射日光は入らず、しかし明るく、読書するのに絶妙の按配なのです。座るとしばらく立ち上がりたくなくなりますよ。↓

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それと1階のサンルームも実に居心地がよさそう。朝食は完全にここで取りたいですね。↓

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1階のトイレが階段室の下にあって、こんな可愛い窓がはまってます。↓

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その階段室がまた見事。段が低く幅が広い。ヴォーリズ住宅は住宅の規模に対して不相応に階段室が広いといわれるのですが、存在感は抜群です。しかも駒井邸の階段室には仕掛けが。大きな窓には黄色い磨りガラスが入っていて、西日が当たる夕方には、階段室が黄色い光線に染まるのです。ちょっとした教会のステンドグラスです。

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階段の手すりはまるで二段の滝のような曲線が美しい!。

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続きはまた明日。

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『ドバイに和牛を輸出する投資話』って…

和牛ファンドが詐欺だっただけに「?」

今日のメールに入ってきたわけです。内容をかいつまむと、何でも『自動的にお金を増やしたくありませんか?不景気の中、世界には金の集まる場所がある。それがドバイ。日本が誇る和牛をドバイに輸出するファンドに投資しませんか。限定30名。日経新聞にも掲載されました』だそうです。和牛ビジネス、この間も詐欺事件に発展したばかりですね。仮に金が余っていても、私はスルーしますね。もしもまともな話だとしても、飼料の高騰などで利益が出るのか出ないのかは、その時になってみないと分からないわけで。

広告だとは思いますが、日経新聞も大丈夫か?審査が甘いような気がしますが…。

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ヴォーリズの軽井沢

朝吹山荘と浮田山荘の好対照

建築家ウィリアム・メレル・ヴォーリズの朝吹山荘を見てきました。塩沢湖の軽井沢タリアセンに移築され、公開されています。

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廊下や階段の幅がゆったりと取ってあり、1階の天井高は3メートルほどもあり、1室の広さもゆったり。結局こうした余裕が、居心地の良さを産むのだなと実感しました。

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1階の大ホールや階段などのパブリックスペースのほかには天井からの照明は無く、夫妻の寝室と3人の子供部屋の照明はすべてフロアスタンドだった点が印象的でした。それと格子の引き上げ窓。1枚板の大きな窓よりも、味があります。

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2階の床下には遮音と断熱の目的で、おが屑が敷き詰めてありました。これがヴォーリズ建築の特徴のひとつだそうです。当時の日本では先進的なホスピタリティーの考え方です。

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サガンやボーヴォアールの訳者、朝吹登水子さんが子供の頃から晩年まで、避暑や執筆のために滞在した別荘で、昭和初期の軽井沢を代表する大別荘です。そして、もうひとつのヴォーリズの軽井沢が浮田山荘です。

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ヴォーリズ夫妻が新婚時代に夏の間滞在した最小限の別荘で、完成は1922年。その後、洋画家の手に渡り、今もその夫人によって使用されているとか。86年間現役ですよ。すごいです。思い出もあるのでしょうが、それにしてもよほど居心地がよいのでしょうね。

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レコーディング・トレーニング+勝負脳

目下20点も公式戦で初得点

60歳までに1000ゴールを目標に、どんな小さなゴールも記録して、脳によいイメージ(回路)を作り上げる。6月頃のスタートしたこの試みですが、まだやっと20ゴールを超えたところです。今年は試験期間なので年間100ゴールペースにはならなくてもいいのですが、ちょっとペースが遅すぎるのは事実です。まあ、公式戦で紛いなりにも1ゴール決められたので、よしとしましょう。自分には甘く(笑)、人にも甘くをモットーにサッカーは楽しんでやってゆくつもりです。練習では自分だけがゴールしても面白くないので、常にシュートを狙っているわけではありません。パスの日、シュートの日、ドリブルの日、守備の日などメリハリつけてやっているつもりです(この辺はアリバイ工作のようなものですが)。

今日のテレビで「勝負脳」の特集をしていたのを見て、レコーディング・トレーニングのさらなる改良を思いつきました。

その1「具体的な目標を立てる」についてですが、1000ゴールは具体的ですが、ちょっと遠すぎる。そこで、試合の前に「今日は前半にシュート3回」「今日は1ゴール」「シュートフェイントを必ず入れる」「クライフターンを多用する」など、もう少し身近で具体的な目標と戦略を立てて望むことをやっていこうと思います。

その2「練習は全力でやる。それによって思考回路と運動能力の間に高速道路を作る」ということですが、この点については、フェイントを心がけて多用するという面で実践してゆきます。目下、禁酒中で徐々に体重も減少しており、もしかすると年内に65キロ台まで行けるかも知れません。そこまで軽くなれば、横運動、回転運動をトップスピードで行っても膝にダメージを受けなくなるだろうと思います(実は自分でこう宣言することが目標達成への第一歩でもあるのです)。

その3「マイナスイメージは考えない」は大きな課題です。というのも、元々バックから始めたので、ゴールを入れることに対して、咄嗟に精神的なブレーキがかかるのです。これが大きな問題。外すというマイナスイメージではなく、入れたくないというブレーキ。こちらのほうが質が悪いかもしれません。あまりどフリーになると、精神的ブレーキがかかるので、この場面にどういう思考回路を作るかが最大の課題です。アイデアはすでにあるのですが、これは秘密にしておきましょう。試合や練習の前にこのアイデアを繰り返して頭に叩き込み、瞬間的に動けるようにする。実践できる次の機会が楽しみです。

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ヴォーリズの住宅について。その2

軽井沢や野尻湖畔の別荘に味がある

ヴォーリズの率いた建築事務所が手がけた住宅の多くは、華族や大富豪、大学教授などの富裕層が施主だったようです。人と違った住宅にステイタスを求めるこうした富裕層に、アメリカのコロニアル・スタイルやスパニッシュ・スタイルの洋館が受けたという側面があるようです。工事費に糸目をつけないケースが多かったので、構造は非常に堅固で、それが80年以上も建物が残っている一因なのだと思われます。

一方で、ヴォーリズの住宅の真髄は、もっと小さな、一般庶民の住まいに近い建物の中に顕著です。軽井沢や野尻湖畔の外国人別荘村に今も残る木造の小さな別荘を、ヴォーリズは数多く手がけています。その中でも一際異彩を放つのが軽井沢の浮田山荘。元々は結婚間もないヴォーリズ夫妻が自らのために立て、『九尺二間』と呼んだ極小の別荘です。これは縦横3間×3間(1間=約1.8メートル)の正方形の平面を持つ平屋建てで、床面積は約30平方メートルしかありません。その半分をリビングダイニングが占め、残りを備え付けの2段ベッドのある小さな寝室と最小限の台所がスペースを分け合う間取りなのですが、写真を見ると実に心地のよさそうな空間なのです。使い勝手を熟慮して作った、無駄は無いけれど、ゆとりがあるとでも表現したくなる住宅です。

これを見て直ぐに思い浮かぶのが『9坪ハウス』でしょう。戦後間もない日本で誰もが持てる住宅として、建築家増沢洵氏が建築した自宅「最小限住宅」の現代版です。おそらく「最小限住宅」自体が、ヴォーリズの「九尺二間」から発想を得たものだったのではないでしょうか。そして「九尺二間」も、ひょっとするとわが国伝統の庵文化に発想を得たものなのかもしれません。鴨長明の方丈、あるいは芭蕉の庵、千利休の茶室などを一回り大きくしたのが「九尺二間」の原型だったのではないか。

以前にこのブログで「リゾート版方丈庵のすすめ」のような記事を書いたことがあるのを思い出しました。80年も前に実現していたのですねえ。軽井沢は高級別荘地になり、バブル期に立てられた大型の別荘が半値以下で売りに出されていたのが10年ちょっと前です。その片隅で、80年以上目の小さな小さな木造別荘が未だに個人宅として使われているという事実。それを思うと、今の住宅には工夫と配慮が足らず、いらないものが多すぎるといえるのかもしれません。

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ヴォーリズの住宅について。その1

大正期のキリスト教伝道師で素人建築家ですが…

ウィリアム・メレル・ヴォーリズってご存知でしょうか。もちろん知ってらっしゃる方も多いと思います。1905年にキリスト教伝道の使命感に燃えて来日した英語教師で、その後、熱心な伝道が原因で教師を辞めることに。08年からは建築事務所を開いて、欧米の近代建築を日本に伝えた素人建築家で、メンソレータムを日本で販売し始めた人としても知られる。日本人と結婚し、帰化もしています。素人建築家とはいいますが、関西学院大、神戸女学院をはじめとする学校建築、大丸ピーコック、山の上ホテルなどの商業施設、日本各地に残る教会、西洋館、軽井沢や野尻湖の別荘群。日本の建築文化に残した足跡は、フランク・ロイド・ライトに勝るとも劣らない巨大な偉人だと思います。

ヴォーリズ師の著作が興味深いのですが…

で、本題ですが、今度、ある雑誌でヴォーリズ師の西洋館を取材することになりまして、色々と関連書籍を読んで下調べをしていましたら、その住宅に関する設計思想には教えられるところが多く、魅せられてしまいました。師が残した著作は3冊ありまして、『吾家の設計』『吾家の設備』『失敗者の自叙伝』。前の2冊は1923年、24年と80年以上も前のものなので、国会図書館にもフィルムの形でしか残っていません。公立図書館では中央区図書館に前2冊の現物がありますが、無論襟帯本でコピーも不可。残念です。『吾家の設計』は幸い、千歳烏山の住総研図書館に現物があり、半分までコピーができます。内容は今読んでも啓蒙的なので、もっと多くの方に読めるようにしたいのですが。復刻できないものかなと考えたりしております。

本題にといいながら、前振りで終わりますが、師の著作を読んでの感想、発想をちょっとメモしておきたくなりました。明日以降、お付き合いいただければ幸いです。

Wagayanosekkei_2

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